部下が変わらないと悩む工場長へ――「自分から変わる」選択理論の実践
質問を1つ変えるだけで、現場の情報量が変わる
結論です。部下が変わらないのは、あなたの指導力の問題ではなく、”変えられないもの”に労力を投じているからです。
ある金属加工工場の工場長は、口癖を1つだけ変えました。
「なんでできないの?」→「どうしたらできるのか?」
半年後、月あたりの改善提案件数が3件から17件に増えました。設備も人員も、給与体系も変えていません。変えたのは、問いの向きだけです。
変えられるもの/変えられないものを、仕分ける
アメリカの精神科医ウイリアム・グラッサー博士(1925–2013)が体系化した選択理論心理学は、非常にシンプルな前提から出発します。
他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる。
これを現場に落とし込むと、こうなります。
【変えられないもの】
- 他人(部下・上司・同僚)の行動、感情、考え方
- 過去に起きた不良、過去の失敗、過去の人事
- 天気、市況、原材料価格、取引先の方針
【変えられるもの】
- 自分の行為(何をするか)
- 自分の思考(どう捉えるか)
- 自分の物の見方・考え方
- 自分の願望・目標
ここで重要な事実を1つ。感情と生理反応は、直接には変えられません。 「イライラするな」と念じてもイライラは消えない。しかし、行為と思考を変えると、感情と生理反応は後から付いてきます。
選択理論では、この4つ(行為・思考・感情・生理反応)を**「全行動」**と呼び、1台の車に例えます。**ハンドルが付いている前輪が「行為」と「思考」、後輪が「感情」と「生理反応」**です。運転できるのは前輪だけ。だからリーダーは、まず前輪を握ります。
人間関係を壊す7つの習慣
グラッサー博士は、人間関係を破壊する言動を7つに整理しました。外発的動機づけ、すなわち「相手は変えられる/自分が正しい」という前提から出てくる言動です。
- 批判する
- 責める
- 文句を言う
- ガミガミ言う
- 脅す
- 罰する
- ほうびで釣る
前半6つは説明不要でしょう。問題は7番目です。
なぜ「ほうびで釣る」が破壊的なのか
「提案1件で500円」は、短期的には提案件数を増やします。そして中期的に、提案の質を確実に下げます。
理由は2つ。
- 報酬が目的化する:通れば何でもいいので、実質的でない提案が量産される
- 逓減する:500円で動いた人は、来年は700円必要になる。しかも、報酬が止まった瞬間に行動も止まる
内側から湧いた動機は逓減しません。外から与えた動機は、必ず値上がりします。
人間関係を築く7つの習慣
対して、内発的動機づけ——「相手は変えられない/願望は人それぞれ」という前提から出てくる言動が、次の7つです。
- 傾聴する
- 支援する
- 励ます
- 尊敬する
- 信頼する
- 受容する
- 交渉する(意見の違いを話し合う)
注目していただきたいのは、**7番目が「服従させる」ではなく「交渉する」**である点です。選択理論は、迎合を求めていません。立場の違いを前提に、対等に条件をすり合わせる技術を求めています。これはむしろ、極めてビジネス的な態度です。
現場の言い換え辞典
理屈は分かった、で終わらせないために。よくある5場面の言い換えです。
| 気になる対象 | ✕ 変えられないものへの働きかけ | ○ 変えられるものへの働きかけ |
|---|---|---|
| 態度 | 「やる気あるのか」 | 「今、一番やりにくいと感じてるのはどこ?」 |
| ふるまい | 「そんなの常識だろ」 | 「この場面ではこう動いてほしい。理由は◯◯」 |
| 成果 | 「なんで数字が出ないんだ」 | 「目標との差は何分?どこを削れそう?」 |
| 言葉づかい | 「言い方が悪い」 | 「相手にはこう聞こえる。言い換えるとしたら?」 |
| 作業スピード | 「もっと早くできないの」 | 「12分を8分にしたい。ネックはどの動作?」 |
共通しているのは、相手を評価する言葉から、事実と選択肢を問う言葉へ移していることです。
マネジメントは技術である──我慢ではなく「待つ」
最後に、リーダー側の心構えを1つ。
諦めるのではなく、待ってあげる。
これは我慢や忍耐とは違います。我慢は感情を押し殺す行為で、いずれ爆発します。「待つ」は、相手の成長曲線を見積もった上での、意図的な意思決定です。
そして、これは資質ではなく技術です。技術である以上、訓練すれば誰でも身につきます。設備保全の技能が訓練で身につくのと、まったく同じです。
まとめ:労力を投じる先を、正しく選ぶ
- 他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる
- 直接動かせるのは**「行為」と「思考」**。感情と生理反応は後から付いてくる
- 壊す7つの習慣(特に「ほうびで釣る」)は、短期の効果と引き換えに現場を蝕む
- 築く7つの習慣の到達点は服従ではなく**「交渉」**
- 「なんで?」を「どうしたら?」に置換するだけで、引き出せる情報量が変わる
工場では、動かない機械に無理な力をかけ続けることを避けます。人に対しても、同じ判断基準を持ち込むだけの話です。
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