「なんでできないんだ」と悩んでしまう工場長へ|『他人と過去は変えられない、自分と未来は変えられる』
工場長という仕事は、変えられないものに囲まれた仕事です。
材料の高騰、人が採れない採用市場、突然の設計変更、退職の申し出、本社の方針、そして期待どおりに動かない部下。毎日、変えられないものが波のように押し寄せてきます。
そして多くの管理者が、その波に全力で殴りかかって疲弊しています。
選択理論心理学が示す原則はシンプルです。他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる。 本記事では、この原則を精神論ではなく、資源配分の技術として現場に実装する方法を解説します。
1.毎瞬、押し寄せてくる2種類の出来事
まず、身の回りの出来事を機械的に仕分けてみてください。
| 変えられないもの | 変えられるもの |
|---|---|
| 天気、赤信号 | 出発時刻の設定 |
| 入荷待ちの時間 | 待ち時間の使い方 |
| 他の人が自分をどう思うか | 自分が相手にどう関わるか |
| 過去の失敗の経験 | その経験の意味づけと次の一手 |
| 上司の考え方 | 上司への情報の届け方 |
| 部下の性格 | 部下と交わす約束の設計 |
| 昨日出た不良 | 明日の再発防止策 |
境界線は明確です。自分の内側にあるものだけが、変えられるもの。他人の内側にあるものは、すべて変えられないものに分類されます。
ここで多くの人が抵抗を覚えます。「部下を変えるのが管理者の仕事ではないのか」と。
変えられるのは、部下ではなく、部下が置かれている環境と、あなたの関わり方です。 そして、環境と関わり方が変われば、結果として部下の行動は変わります。順序が逆なのです。
2.工場長のストレスの正体
疲弊している管理者を観察すると、共通の構造が見えます。
変えられないものに、時間と感情の8割を投入している。
- 「なんであいつは言われたことができないんだ」と考えている時間
- 「本社は現場を分かっていない」と嘆いている時間
- 「あの時ああしていれば」と過去を反芻している時間
これらはすべて、アウトプットがゼロの投資です。設備でいえば、動かない機械の前で腕を組んで立っている状態に近い。
一方で、変えられるもの——明日の配置、指示の出し方、記録の残し方、上司への報告の仕方——には、残り2割しか回っていない。
ストレスの正体は、労働量の多さではなく、投資先の誤りです。
3.質問を1つ変えるだけで、現場が動き出す
最も費用対効果が高い介入は、口ぐせの変更です。
「なんでできないの?」→「どうしたらできるのか?」
この2つは、似ているようで機能がまったく違います。
| 注目している事柄 | 「なんでできないの?」 | 「どうしたらできるのか?」 |
|---|---|---|
| 向いている方向 | 過去 | 未来 |
| 対象 | 人 | 仕組み・条件 |
| 相手の反応 | 防御・言い訳 | 探索・提案 |
| 出てくる情報 | 責任の所在 | 障害の所在 |
製造業の管理者には、この転換が驚くほど自然に入ります。なぜなら、設備に対しては全員が既にこれをやっているからです。
チョコ停した設備に向かって「なんで止まるんだ」と怒鳴る技術者はいません。「どこで止まったか」「何が起きたか」「どう防ぐか」を順に潰していきます。設備に対してできている思考を、人に対しても適用するだけです。
現場での適用例
| 気になる事象 | 変えられない(相手) | 変えられる(自分) |
|---|---|---|
| 態度が悪い | 本人の性格 | 声かけの頻度、任せる範囲 |
| ふるまいが雑 | 育ってきた環境 | 基準の明示、良い例の見せ方 |
| 成果が上がらない | 本人のやる気 | 目標の分解、障害の除去 |
| 言葉づかいが悪い | 本人の語彙 | 自分が使う言葉、朝礼での言語 |
| 作業スピードが遅い | 本人の器用さ | 治具、レイアウト、教え方の順序 |
右列を1つでも実行すれば、それは必ず実行できる。ここが決定的です。左列に手を出す限り、成功確率は相手次第ですが、右列は100%自分の裁量下にあります。
4.「”なぜなぜ5回”の分析」が人に向いた瞬間に壊れる理由
製造業には既に、この原則を体現した手法があります。なぜなぜ分析です。
しかし現場でよく見るのは、こんな展開です。
なぜ不良が出たか → 作業者が手順を飛ばしたから なぜ飛ばしたか → 確認しなかったから なぜ確認しなかったか → 意識が低いから 対策:教育を徹底する
これは分析ではなく、責任の所在の特定です。「意識」も「性格」も、変えられないものに分類されます。変えられないものに行き着いた分析は、そこで止まります。
正しくは、変えられるもの(=仕組み・条件)に着地するまで掘る。
なぜ手順を飛ばしたか → 前工程からの投入が集中し、時間がなかった なぜ集中したか → 段取り替えのタイミングが両工程で同期していない 対策:投入計画の同期ルールを変更する
再発防止策が「意識」「注意」「徹底」で終わっている限り、再発します。 これは品質管理の常識であり、同時に、人のマネジメントの原則でもあります。
5.明日からの3ステップ
ステップ1:仕分ける(5分)
今、頭を占めている悩みを紙に書き出し、「変えられない/変えられる」で2列に分けます。書き出すまでは、両者が混ざったまま脳内で回り続けます。
ステップ2:変えられない列を、一旦手放す
消すのではなく、「これは自分の管轄外」と明示的にラベルを貼ります。感情が消えなくても構いません。投資対象から外すことが目的です。
ステップ3:変えられる列から、最小の一手を選ぶ
大きな改革は不要です。「明日、あの人に名前で声をかける」「次の朝礼で、なんでを、どうしたらに変える」——実行確率が9割を超える一手を1つだけ選んでください。
これは設備保全でいう日常点検と同じ位置づけです。一発の大規模オーバーホールではなく、確実に回る小さな点検が、故障率を下げます。
まとめ
- 他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる
(カナダ出身の精神科医、交流分析の創始者であるエリック・バーン(Eric Berne)の言葉 - ストレスの正体は労働量ではなく、変えられないものへの過剰投資
- 「なんでできないの?」を「どうしたらできるのか?」に変えるだけで、出てくる情報が変わる
- 設備に対してできている思考(原因追及と再発防止)を、人に対しても適用する
- ”なぜなぜ5回”分析が「意識」で終わったら、それは掘り足りていない証拠
- 明日の一手は、実行確率9割の最小行動から
変えられないものに殴りかかるのをやめた瞬間から、リーダーの資源は本来の仕事に戻ります。私ができることに全集中する。 これは前向きな精神論ではなく、限られた資源をどこに配分するかという、経営判断そのものです。
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