「なぜ、部下を見るとイライラしてしまうのか?」|全行動で現場の空気を設計する
2026年上半期の人手不足倒産は227件。うち従業員10人未満の小規模企業が176件、およそ77.5%を占めた(帝国データバンク「倒産集計 2026年上半期報」2026年7月8日)。会社が小さいほど、一人抜けた穴はそのまま翌日の生産計画に開く。ただし、人が抜ける手前の現場で最初に崩れているのは人員表ではない。空気である。そして空気をつくっているのは、多くの場合、現場を預かる側の反応の仕方だ。結論を先に言う。あなたが直接動かせるのは「思考」と「行為」の2つだけ。この2つを設計し直せば、感情と体調は後からついてくる。
「部下は変えられない。だが、職場の空気は今日から変えられる。」
米国の精神科医ウイリアム・グラッサー博士が体系化した選択理論では、人の行動を「思考・行為・感情・生理反応」の4要素が一体で動くものとして捉える。これを全行動と呼ぶ。
同じミスが3回続いた場面を分解すると、こうなる。
- 思考:「なぜ言った通りにできないのか。自分は正しい」
- 行為:作業を止めさせ、大声で指摘する
- 感情:怒り、苛立ち
- 生理反応:血圧が上がる、帰宅後も胃が重い
この4つは別々に起きているのではない。1台の車の四輪のように、必ず同時に動く。
設備を見る目で考えれば理解が早い。異音・振動値の上昇・軸受温度の上昇・電流値の変化を、我々は4つの別々の故障とは扱わない。同じ1つの状態が、4つの計測点に現れているだけだと読む。人の行動も構造は同じである。

全行動で現場の空気を設計する|直接動かせるのは、前輪の2つだけ
全行動の4要素のうち、自分の意思でハンドルを切れるのは思考と行為の2つ。感情と生理反応は、前輪が向いた方向に後からついてくる後輪にあたる。
ここを取り違えると、対策が全部空振りする。「イライラするな」は、後輪を素手で回そうとする指示だ。構造的にできないことを自分に課しているから、できない自分を責めるという二次被害まで起きる。
もうひとつ多いのが、行為を止めるだけで終わる対策である。「もう怒鳴らない」と決めても、代わりの行為を用意していなければ、現場では沈黙という別の圧力に変わるだけだ。止めた穴は、必ず何かで埋める。
そして、この車は前にしか進まない。過去の失敗を何度も蒸し返す面談が空回りするのは、前に進む構造の乗り物でバックしようとしているからである。
悪循環は、上司と部下で二重に回っている
従業員80名の金属加工メーカーで、熱処理工程の若手が3人続けて1年以内に辞めたとする。
現場を預かる課長の全行動は、こう回る。思考は「最近の若い者は根性がない」、行為は朝礼での名指しの注意と手順書の突きつけ、感情は徒労感、生理反応は抜けない疲れ。
同じ時間、部下側でも別の車が回っている。思考は「何を言っても無駄だ」、行為は質問をやめること、感情は不安、生理反応は出勤前の腹痛。
この二重の悪循環は、だいたい同じ順番で進む。最初に変わるのは生理反応だ。朝の体が重い、眠りが浅い。次に感情が固まり、出勤前に憂鬱になる。それから行為が変わり、質問が減って報告が最小限になる。思考が「辞める」で固定されるのは最後である。つまり管理側から見える変化は、常に本人の内側で起きたことの遅れた表示にすぎない。
注目すべきは、部下が質問をやめた瞬間に技能伝承が止まるという点だ。熱処理の勘所は手順書に全部は書けない。書けない部分は質問からしか渡らない。退職はその数か月後に起きる結果であって、原因ではない。
※本ケースは複数の現場に共通する型を再構成した想定例です。
思考を替える:事実と解釈を分ける3つの問い
前輪の片方、思考から手をつける。使う問いは3つだけでいい。
- いま起きている事実は何か(工程名・回数・数値で言い切る)
- そこに自分が足した解釈はどれか(「やる気がない」は事実ではなく解釈)
- この事象のうち、自分の関与で変えられる範囲はどこか
3つ目が要になる。伝え方、教える順番、配置、治具の有無——ここは全部こちら側の変数だ。
言い換えれば、これは設備のなぜなぜ分析とまったく同じ作法である。「作業者が不注意だったため」で止まった分析を、我々は品質会議で絶対に通さない。ところが人のマネジメントになると、同じ結論をあっさり採用してしまう。この非対称が、現場の再発防止を止めている。
【要・野口確認|ここに実体験を挿入。候補:ユテクジャパン時代の支店長経験/高炉メーカー向けの現場経験】
行為を替える:15分以内に打てる4つの手
もう片方の前輪、行為は今日から替えられる。
- その場を30秒離れる(後輪が回りきる前に前輪を切る)
- 事実だけを言語化して返す:「昨日と今日、同じ箇所で寸法が出ていない。何が違ったか一緒に見たい」
- 質問を1つだけ足す:「どこで詰まった?」
- 15分で片づく再発防止を1つ決め、その場で紙に残す
順番が大事だ。感情が最高速で回っている最中に言葉を選ぼうとしても、選択肢は出てこない。先に30秒離れる。それだけで打てる手が3つに増える。
どれも所要は1分以内で足りる。難しいのは手順ではなく、最初の30秒を確保する判断のほうだ。だから「離れる場所」をあらかじめ決めておく。工程脇のホワイトボードの前でも、事務所への通路でもいい。非常停止ボタンの位置を体で覚えておくのと同じ発想で、自分の一時停止の場所を先に決めておく。
ただし、安全ルール違反・手順逸脱・保護具の未着用は、この限りではない。 その場で即時に止める。止めてから、原因の対話は後に回す。順番を逆にすると事故は防げない。安全は対話のテーマではなく、前提条件である。
2つの型を、四輪で並べてみる
| 全行動の要素 | ガミガミ型 | 設計型 |
|---|---|---|
| 思考 | 相手は変えられる/自分は正しい | 伝え方と配置は自分の責任範囲 |
| 行為 | 名指しの叱責、罰、褒美で釣る | 事実の言語化、質問、再発防止の合意 |
| 感情 | 苛立ち、不快、徒労感 | 落ち着き、見通し |
| 生理反応 | 血圧上昇、疲労の蓄積 | 定時に帰れる体調 |
| 現場に出る結果 | 質問が減り、技能伝承が止まる | ヒヤリハットが自分から上がってくる |
右の列に移るために必要なのは、性格の改造ではない。前輪の2つを、意識して先に切ること。それだけである。
なぜ、いま全行動なのか
2025年度通年の人手不足倒産441件のうち、「従業員退職型」は118件で過去最多を更新した(帝国データバンク)。退職は突然発生しない。生理反応が変わり、感情が変わり、行為が変わる。その順で、辞める数か月前から現場に兆候が出ている。
設備なら、振動値がしきい値を超えた時点で手を打つ。日常点検基準書があり、記録が残り、誰が見ても同じ判断ができる。ところが人と組織にだけ、点検の仕組みがない。気づくのが退職届を出された日になるのは、感度の問題ではなく仕組みの不在である。全行動は、その点検項目を四輪に分けて見えるようにする道具だ。
まとめ
- 行動は思考・行為・感情・生理反応の4要素が同時に動く。バラバラには扱えない
- 直接動かせるのは思考と行為の2つだけ。感情と体調は後からついてくる
- 「イライラするな」は後輪を手で回す指示であり、実行不可能な対策である
- 行為を止めるときは、代わりの行為をセットで用意する
- 思考は「事実・解釈・自分の変えられる範囲」の3つの問いで切り替える
- 部下が質問をやめた時点で、技能伝承は止まっている。退職はその結果である
- 安全に関わる逸脱は即時に止める。対話はその後に置く
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